吉田東洋 ( よしだ とうよう ) ( 1816 - 1862 )


本名 正秋 通称 元吉 

15代藩主・山内豊信 ( 容堂 ) に信任され 安政改革を推進文武館を建設


「海南政典」を編さんしたが公武合体策を堅持したため 武市瑞山の率いる土佐勤王党の刺客により 文久 2年 4月 8日この地に暗殺された
(碑文より)


 実際に暗殺された場所は、『吉田東洋先生記念之地』から 約50メートル離れた商店街の中です。


そしてまた『武市瑞山先生殉節之地』も数分の場所にあります。

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