師匠は、十六代・時津風正博 ( 元前頭・時津海 ) 。
昭和十七 ( 1943 ) 年、当時現役であった第三十五代横綱・双葉山定次が、その実績を評価され二枚鑑札の形で現役力士のまま弟子の育成を許され、「双葉山相撲道場」を開いたのが、現在時津風部屋創設につながっています。
幕内最高優勝十二回 ( 内、全勝八回 ) 、いまだに破られない歴代最高記録の六十九連勝など、輝かしい成績を残した双葉山は、太平洋戦争終戦直後の昭和二十 ( 1945 ) 年十一月場所後に引退、十二代・時津風を襲名、双葉山道場の名を時津風部屋に変更しました。
双葉山道場の看板は、現在も掲げられています。
十二代・時津風は昭和四十三 ( 1968 ) 年十二月十六日、満五十六歳で死去するまでの間、約十一年年間にわたり、第三代相撲協会理事長を務めるとともに、一横綱 ( 鏡里・・・十三代・時津風 ) 、三大関 ( 大内山、北葉山、豊山・・・十四代・時津風。第八代相撲協会理事長 ) をはじめ、多くの力士を育成しました。


コメント