松山にてホトトギス六百号記念会

極堂も席に在り

笹啼 ( ささなき ) が 

          初音になりし 

                 頃のこと


高浜虚子 ( 一八七四 - 一九五九 )
( 明治七年 - 昭和三四年 )


俳誌「ほととぎす」は、明治三〇年 柳原極堂が子規の支援によって松山で創刊し、二〇号まで発行。


その後 高浜虚子が継承したもので、昭和二一年一一月「ホトトギス」六百号記念会を当寺で催し、昭和二四年一〇月二四日記念句碑建立となった。
(案内板より)

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