菊屋新助は、安永二年 ( 一七七三 ) 越智郡波方町小部の農家に生まれた。


文化年間に松山の松前町二丁目に店舗を出し菊屋と号した。


郷土物産伊予絣 ( がすり ) の前身ともいうべき伊予結城 ( ゆうき ) の改良増産に着眼し、京都西陣から絹織を移入して研究を重ね木綿機 ( もめんばた ) に適する高機 ( たかばた ) を発明し、広く人々にその用法を伝授したので、地域織物業界に新機軸をもたらした。


また関西、九州方面への販路の拡大に成功した功績は極めて大きい。


この高機を利用してつくられたのが、鍵谷カナの創始による伊予絣である。


天保六年十月 ( 一八三六 ) に没した。
(案内板より)

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