伊藤博文、高杉晋作、両公幼年勉学之所


金毘羅社の建立年は不詳であるが、入口に金毘羅社に寄進された鳥居が建っており、それに延享 2年 ( 1745 ) と彫られている点や天保年間 ( 1830 ~ 43 ) に編纂された「八江萩名所図面」に現在の社そのままの姿が描かれていることなどから、少なくともそのころには建立されていたと思われる。


本殿は木造切妻造檜皮葺で桁行 1.73m、梁間 1.2m、主な用材はケヤキ、柱は丸柱である。


釣屋は桁行 5.41m、梁間 5.1mの桟瓦葺で、内部は畳敷きである。


拝殿は一重裳階付、入母屋造本瓦葺、前面庇は檜皮葺、用材はケヤキ、柱は丸柱で、唐破風の桁行 4.0m、梁間 6.1mの本県独特の楼造風である。


このように社殿が地方色の濃い古い建物であることや神仏習合の形態が今でもみられる点で貴重な遺構である。


石鳥居は花崗岩製で高さ 2.8m、様式は明神鳥居で笠木・島木に反りがあり、柱には転びがあり、柱頭部には題輪がついている。


建立年代は延享 2年 ( 1745 ) である。


山門は桁行 2.42m、梁間 1.34mの棟門形式で本瓦葺、両袖に 1.35mの潜門がついている。


建築年代は不明である。


石灯篭は玄武岩製で高さ 4.3m、さらに 77cmの 4段の台座上に立ち、県下最大のものである。


竿の部分の竜の高彫はすばらしく、高さ 1.14m、直径 52cmである。


制作年代安政 5年 ( 1858 ) で萩の石工・五嶋吉平恒徳、同山中武祐利豊の共同制作であり、付近の町人たちが寄進したものである。
(案内板より)

015a

015b

015c

015d