野口勝一 ( 1848年 10月 16日 ~ 1905年 11月 23日 )
現在の北茨城市磯原町に生まれた野口勝一は、明治時代に政治家、ジャーナリスト、出版人として活躍した人物です。
自由民権運動家、茨城県会議員『茨城日日新聞』の社長兼主筆と茨城県内での活動から離れ上京し、農商務省に勤務しました。
その後、衆議院議員を三期つとめた後、政治経済などの新聞や雑誌の編集出版活動を行っています。
また、勝一は弟・量平の息子である野口雨情にも大きな影響を与えた人物です。
北茨城市史 別巻 5 ~ 8に収録されている日記は、農商務省に初めて出任した明治 16年 8月 13日からはじまっています。
衆議院議員として活躍していた時期 ( 明治 25年 ~ 35年 ) の日記は欠落していますが、当時の社会・政治・経済・文化と多岐にわたる内容に驚かされると共に、多くの来訪者と訪問先が記録されており、その交友関係の深さには驚かされるばかりです。

コメント