この墓は昭和 43年 7月に本人が建てたもので、亡くなったのは 48年 7月 20日である。
この人は行司の木村今朝三で、明治 36年 4月 10日生まれ。
長野県池田町の産で、僅か 5歳で 2代目・峰崎 ( 木村銀治郎 ) の門人となった。
「けさぞう」は本名であるが、漢字で書くと「北原袈裟三」である。
師匠が大正 11年に亡くなってから片男浪、伊勢ノ海部屋へと移り、昭和 8年から錦嶋部屋所属となった。
17年 1月から三役行司となり 31年 5月に 9代目・錦嶋が亡くなり、今朝三が継ぐことになって 6月 20日に 10代目・錦嶋となった。
二枚鑑札となった次の年、行司の二枚鑑札は 33年 5月限りで廃止と決まったので、今朝三は 33年 1月を限りに年寄専務となり、のちには理事も務め、43年 4月 9日に定年退職した。

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