西村秀造は慶応元年 ( 1865 ) 10月萩片河町で生まれた。

株式会社・藤田組を興した関西実業会の重鎮・藤田伝三郎 ( 男爵 ) の甥。

上京して実業界に入り、王子製紙会社の創立に参与し、その重役に列した。

その他小田原電気鉄道・日本牟窯業・日本瓦斯などの各会社の創立に関し、貢献するところが多かった。

内閣総理大臣・田中義一 ( 陸軍大将、男爵 ) とは幼友達で、親交が深く、経済的援助を怠らなかった。

大正 14年 ( 1925 ) 10月 13日、東京にて没する。年 62。墓所は端坊 ( 萩市恵美須町 )。

この碑は、昭和 6年 ( 1931 ) 10月にたてられ、歴史学者・渡辺世祐 ( 文学博士 ) の撰文、日本画家・松林啓月 ( 日本芸術院会員、萩市名誉市民 ) の書である。
(案内板より)

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