この梶取棒は慶応 2年 ( 1866年 ) 5月 2日未明、本町江ノ浜郷潮合埼で難破したワィル・エルフ号の梶取棒で 昭和 52年 10月、友住郷の民家の改装中、屋根裏より見付かり、武村克安氏より寄贈を受けたものです。
ワィル・ウェフ号は薩摩藩が購入し、「亀山社中」の専用船として貸与した、木像二本マストのプロシャ ( ドイツ ) 船で、慶応 2年 ( 1866年 ) 4月 28日命名式と洋上訓練を、兼ね、薩長連合成立による親善のために、鹿児島に行く途中に寄港した長州の蒸気船ユニオン号と共に長崎を出港しましたが、4月 30日未明甑 ( こしき ) 島沖あたりで大暴風雨にあい、漂流中に本町江の浜郷潮合崎の暗礁に乗り上げて転覆しました。
状船者 16名中、浦田運次郎と便乗の小松帯刀の家来、村山八郎次郎及び水主の市太郎、三平の 4人は磯に打ち上げられて村人に救助されたが、船将・高泉十兵衛こと黒木小太郎 ( 鳥取藩浪人 )、細江徳太郎こと池内蔵太 ( 土佐藩浪人 ) 外水主頭以下 10名は溺死しました。
この遭難者の碑は、ここより徒歩 10分の江ノ浜郷の墓地の一角にあり、その途中、潮合崎海域の見える場所に坂本龍馬ゆかりの広場も整備されています。
(案内板より)
ワイル・ウエフ号は、坂本龍馬が慶応元年 ( 1865 ) に結成した亀山社中 ( 後の海援隊 ) が、薩摩藩家老小松帯刀の計らいで購入したドイツ生まれの木造二本檣 ( しょう / マスト ) 風帆船 ( ふうぱんせん ) です。
ワイル・ウエフを英語表記すると『Wild Wave ( ワイルド・ウェーブ )』。
昭和 52年 ( 1977 ) 10月、友住の田中康博氏宅の屋根裏から、長さ 4mもあるコモに巻かれた材木が見つかりました。
それは大きな舵取り棒で、日本では見られない材質であったため、このような棒を装置した船はこの辺りにはありませんでした。
田中氏の祖父は潜水夫で、ワイル・ウエフ号の荷揚げ作業に参加していたことから、ワイル・ウエフ号のものと推測されています。


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