〇 カトリック青砂浦教会
五島にキリストの福音が最初に伝えられたのは、一五六〇年アルメイダによってである
その頃 多くのキリスト者が島内に定住していたものと思われるが、一五八七年七月二四日 ( 天正一五年 ) の豊臣秀吉のキリシタン禁令、続いて一六一四年一二月二二日 ( 慶長一八年 ) の徳川家康によるキリシタン禁令と、宣教師国外追放により弾圧に弾圧が続いたため当時のキリスト者の子孫が、この地に残存していたか不明である
今日、一七九七年 ( 寛政九年 ) 五島備前の守盛運侯が、大村藩主・大村純尹侯に移民を要請した時に、長崎県外海地方から移住してきた
キリシタンの子孫と、迫害を逃れて、秘かに移り住んだ信徒の子孫と言われている
教会建設については、明治一二年 ( 一八七九年 ) 青砂浦に小集会所を造り、信仰生活の中心の場としていた
現在の外壁煉瓦造りの教会は三代目で、一九一〇年 ( 明治四三年 ) 大崎八重師の指導のもとに鉄川与助の設計施行により建立され同年一〇月一七日、ユリオ・アルフォンソ・グーサン司教の時、落成 建堂された教会である
当時の信徒戸数は五〇戸程であったと言われている
一九九五年一〇月建立
(案内板より)
〇 青砂ヶ浦天主堂
青砂ヶ浦天主堂(あおさがうらてんしゅどう)は、長崎県南松浦郡新上五島町にあるキリスト教(カトリック)の聖堂。五島列島の中通島北部に位置し、2001年(平成13年)に国の重要文化財に指定されている[1]
教会の保護者
・大天使聖ミカエル
略史
・1878年(明治11年) - 江戸時代に外海地方から移住し、潜伏キリシタンからカトリックに復帰した信徒により初代の聖堂建設
・1900年(明治33年) - 青砂ヶ浦小教区設立
・1910年(明治43年)10月17日 - 3代目となる赤煉瓦造りの聖堂(現在の建物)が完成
・1984年(昭和59年) - 大規模な改修が行われる
・2001年(平成13年)11月14日 - 国の重要文化財に指定[1]
建物の概要
・構造:煉瓦造平屋、瓦葺き
・様式・意匠:平面は三廊式バシリカ型、内部は木造円柱で身廊と側廊に区切り、天井はリブ・ヴォールト天井とする
・設計・施工:鉄川与助
青砂ヶ浦天主堂は、長崎県を中心に数多くの教会堂建築を手がけた鉄川与助が建てた3つ目の教会堂であり、煉瓦造りの教会としては2つ目となる。ユネスコの世界遺産(文化遺産)暫定リストへ掲載が決まった「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を構成する教会の一つであったが、構成資産の見直しにより外され、「世界遺産の構成資産と一体的に保存・継承していく資産」とされている[2]。
平面規模は間口11.3メートル、奥行23.4メートル。外壁はイギリス煉瓦積。西側正面は3層に区切り、バラ窓や縦長のアーチを設ける。正面入口左右には柱頭に葉形装飾のある円柱があり、その上部を尖頭アーチとする。内部はアーケード(連続アーチとそれを支える柱列)によって身廊と左右の側廊に分け、身廊、側廊ともに天井は四分割リブ・ヴォールトとする。内部壁面は漆喰塗で、側廊窓にはステンドグラスを設ける。この天主堂は内外ともに意匠が優れ、日本人の手になる初期煉瓦造キリスト教建築の代表的作品の一つである。[3]
所在地
〒 857-4402 長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241
アクセス
・青方港(中通島)から車で約15分
・有川港(中通島)から車で約20分
・西肥バス「青砂ヶ浦天主堂前」バス停下車すぐ、「青砂浦別道」バス停下車徒歩約15分
脚注
・a b 平成13年11月14日文部科学省告示第164号(参照:青砂ヶ浦天主堂 文化遺産データベース 文化庁、青砂ヶ浦天主堂 長崎県学芸文化課)
・関連遺産の分布図 長崎県世界遺産登録推進課
・「新指定の文化財」『月刊文化財』460号、pp.33 - 35
参考文献
・三沢博昭『大いなる遺産 長崎の教会』(智書房、2000年) ISBN 4434002651
・『長崎遊学2 長崎・天草の教会と巡礼地完全ガイド』(長崎文献社、2005年) ISBN 9784888510912
・「新指定の文化財」『月刊文化財』460号、第一法規、2002年
関連項目
・カトリック長崎大司教区
(wikiより)



| 所在地 | 長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241 |
|---|---|
| 国 | |
| 教派 | カトリック教会 |
| 歴史 | |
| 守護聖人 | 大天使聖ミカエル |
| 管轄 | |
| 教区 | カトリック長崎大司教区 |
| 教会管区 | カトリック長崎教会管区 |
| 聖職者 | |
| 主教 (司教) | ペトロ中村倫明 |
| 主任司祭 | ドミニコ鳥瀬文武 |
青砂ヶ浦天主堂(あおさがうらてんしゅどう)は、長崎県南松浦郡新上五島町にあるキリスト教(カトリック)の聖堂。五島列島の中通島北部に位置し、2001年(平成13年)に国の重要文化財に指定されている[1]
教会の保護者
・大天使聖ミカエル
略史
・1878年(明治11年) - 江戸時代に外海地方から移住し、潜伏キリシタンからカトリックに復帰した信徒により初代の聖堂建設
・1900年(明治33年) - 青砂ヶ浦小教区設立
・1910年(明治43年)10月17日 - 3代目となる赤煉瓦造りの聖堂(現在の建物)が完成
・1984年(昭和59年) - 大規模な改修が行われる
・2001年(平成13年)11月14日 - 国の重要文化財に指定[1]
建物の概要
・構造:煉瓦造平屋、瓦葺き
・様式・意匠:平面は三廊式バシリカ型、内部は木造円柱で身廊と側廊に区切り、天井はリブ・ヴォールト天井とする
・設計・施工:鉄川与助
青砂ヶ浦天主堂は、長崎県を中心に数多くの教会堂建築を手がけた鉄川与助が建てた3つ目の教会堂であり、煉瓦造りの教会としては2つ目となる。ユネスコの世界遺産(文化遺産)暫定リストへ掲載が決まった「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を構成する教会の一つであったが、構成資産の見直しにより外され、「世界遺産の構成資産と一体的に保存・継承していく資産」とされている[2]。
平面規模は間口11.3メートル、奥行23.4メートル。外壁はイギリス煉瓦積。西側正面は3層に区切り、バラ窓や縦長のアーチを設ける。正面入口左右には柱頭に葉形装飾のある円柱があり、その上部を尖頭アーチとする。内部はアーケード(連続アーチとそれを支える柱列)によって身廊と左右の側廊に分け、身廊、側廊ともに天井は四分割リブ・ヴォールトとする。内部壁面は漆喰塗で、側廊窓にはステンドグラスを設ける。この天主堂は内外ともに意匠が優れ、日本人の手になる初期煉瓦造キリスト教建築の代表的作品の一つである。[3]
所在地
〒 857-4402 長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241
アクセス
・青方港(中通島)から車で約15分
・有川港(中通島)から車で約20分
・西肥バス「青砂ヶ浦天主堂前」バス停下車すぐ、「青砂浦別道」バス停下車徒歩約15分
脚注
・a b 平成13年11月14日文部科学省告示第164号(参照:青砂ヶ浦天主堂 文化遺産データベース 文化庁、青砂ヶ浦天主堂 長崎県学芸文化課)
・関連遺産の分布図 長崎県世界遺産登録推進課
・「新指定の文化財」『月刊文化財』460号、pp.33 - 35
参考文献
・三沢博昭『大いなる遺産 長崎の教会』(智書房、2000年) ISBN 4434002651
・『長崎遊学2 長崎・天草の教会と巡礼地完全ガイド』(長崎文献社、2005年) ISBN 9784888510912
・「新指定の文化財」『月刊文化財』460号、第一法規、2002年
関連項目
・カトリック長崎大司教区
(wikiより)





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